騒音(ノイズ)の世界で自分だけの「結界」をはる

私たちは毎日、とてつもない量の「声」に晒されています。
「これが最新のトレンド」「もっと頑張れ」「それは間違っている」……。
スマホを開けば、誰かの意見や感情が流れ込んできて、無意識のうちに「自分軸」がどこかへ追いやられ、「他人軸」に振り回されてしまう。
だからこそ今、私は「整える」ということを大切にしています。
「整える」クリアな自分に戻すこと
私にとって「整える」とは、整理整頓のことではありません。
自分の中に溜まったノイズを手放し、心を「クリア(ゼロ)」な状態に戻すこと。
そして自分の心が指し示す方向へ軽やかに動ける「余白」を作っておくことです。
私は、この「完全に整った状態」を肌で知っています。
茶道が教えてくれる「整った状態」
私は、この「完全に整った状態」を肌で知っています。
それは、茶道のお稽古をしている時間。
お点前(てまえ)の間は、すべての意識を「今」に集中させます。
柄杓を持つ指先の位置、お湯が注がれる音、立ち昇る湯気。
その一瞬一瞬に没入しなければ、美しい所作は生まれません。
そこには「昨日の後悔」も「未来の不安」も、入り込む隙間がないのです。
(そんな余裕がないと言えるかもしれませんね。。)
この「強制的な今への没入」が私にとっての浄化であり、ゼロに戻る時間です。
日常をクリアに生きるために
もちろん、24時間お茶を点て続けることはできません。
けれど、この「茶室の感覚」を日常に持ち込むことはできます。
例えば、キッチンで野菜を切る時。
漫然と切るのではなく、包丁を握る前にふと息を整え、「今から切る」と心で意識してみる。
すると、包丁の切る音や、手元の感覚が鮮明になります。
そうして、ただの家事が「小さな瞑想」に変わります。
そうやって日常の中に「クリアになる時間(ゼロ・ポイント)」を点在させること。
そうすれば外からどんな情報の波が押し寄せても、自分を見失わずに取捨選択ができると。
「整える」は自分の結界
「整える」こと。
それは、騒がしい世界の中で自分を守り、本来の自分を生きるための静かで強い「結界」をはるようなものだと感じています。






