まだ「魔法のスイッチ」を探しますか? 人生を停滞させる「これさえあれば」の呪い

人生をガラッと変える「魔法のスイッチ」を、ずっと探していました。
食事を変えれば。
思考を書き換えれば。
自分の使命さえ見つかれば。
そうすれば、この遅々として進まないモヤモヤが晴れ、すべてがうまくいくはずだと信じていたのです。
30代の頃、自分を変えたくてマクロビオティックやローフードに没頭しました。
結果は劇的でした。
長年落ちなかった体重が落ち、身体は羽が生えたように軽い。
身体が整うことで自信もつき、「これこそが正解だ!」と確信しました。
ところが突然、ガス欠を起こしたように動けなくなったのです。
頭では「正しいこと」をしているはずなのに、心はついてこない。
無理にポジティブな言葉を口にすると、身体からするりとエネルギーが抜けていくような、奇妙な虚無感。
あんなに整えたのに、なぜ動けなくなったの?
次に求めたのは「思考(マインド)」や「使命」でした。
動けないのは、確固たる指針(コア)がないからだ。
そう思い、立派な理念を掲げてみました。
自分の憲法を考えたり、ミッションステイトメントを作ってみたり。
けれど、地図は手に入っても足は前に進まず。
あれ?なぜ行動できないの?焦りだけが募りました。
ここから学んだのは、「~さえあればうまくいく」という思考の恐ろしさでした。
この思考に陥っている時、人は望む結果が出ないとどう考えるでしょう?
「うまくいかないのは、まだ私が未熟だから」
と自責し、そして
「もっと自分が変われる他にいい方法があるのでは?
と自分を救ってくれそうな別の方法を探します。
人によってそれは資格かもしれない。試験の合格かもしれない。
自己啓発セミナーかもしれないし、スピリチュアルや占いかもしれない。
自分を変えてくれそうな何か、です。
このように「〜さえあればうまくいく」思考を持っていると、救いを求めて彷徨い始めます。
外から見ると向上心が強いように映りますが、そんな大層な物ではありません。
ポンコツな私を新品に見せてくれる工場を探しているような物です。
そしてさらに恐ろしいのは、彷徨うごとに「私は欠陥品」と自己暗示を強化しているということ。
これほど苦しいことはないですね。
そして切ない。
良かれと思った行動が自分を苦しめるなんて。。
そんな時期をすごしある時、ふと立ち止まりました。
私はこれまで、必死に自分を変えようとしてきました。
そのおかげで、身体を整える術を知りました。
知識も増えました。自分の意思も見つけました。
それなのに、なぜまだ「何か」を探そうとしているのでしょうか?
「これさえあれば」という魔法のスイッチ。
それさえ見つかれば、人生が一変するはずだという期待。
それこそが、私を縛り付けていた最大の「幻想」だったのです。
今の私に足りないものは、もうありません。
部品(パーツ)は、もう十分に集めました。
これ以上、新しい何かを買い足す必要なんてなかったのです。
では、なぜ動けなかったのか?
それは、せっかく集めた部品たちが、バラバラに散らばっていたからです。
自分を「直す」ための旅は、もう終わりにしましょう。
必要なのは新しい部品を探すことではなく、手持ちの部品を**「繋ぐ」**ことだったのですから。
次回は、バラバラだった自分をひとつにする「整合性」についてお話しします。







